「ドライブする」という役割の大切さ
連日、高齢者ドライバーによる交通事故のニュースが世間を騒がせていますね。
それに合わせて、免許の自主返納制度についてもメディアでよく取り上げられるようになりました。返納を促進するために、特典を用意する自治体も増えています。たとえば、東京都警視庁のサイトをみると、銀行、ホテル、デパート、スーパー、趣味、理美容、商店街など実に多様な業種が特典を提供する「自主返納サポート協議会」なるものをつくっています。
それらの特典のなかにはほぼ必ず、タクシーや、鉄道、バスなどの交通機関の割引があります。マイカーという交通手段と引き換えに、モビリティ(移動手段)を提供するというのは当然の施策だといえます。
とはいえ、高齢の方には自分の免許証を自主返納することにためらいを感じる方が多いのも事実です。自分の衰えを認める、というネガティブな感情に向き合わないといけないからかもしれません。
少し視点を変えると、日常生活において「運転してどこかへ出かける」という行為は、とても重要な社会参加のひとつです。 “ハンドルを握り、行き先を自由に決め、ドライブしている自分”は、実は、その方にとって非常に重要な「社会的役割」のひとつなんです。
対向車に道を譲ったり、歩行者に注意して徐行したり、駐車場代を払ったり、ガソリンを入れたり。すべてその方が地域コミュニティの一部として行動している証といえます。
そう考えると、返納を拒否する方は、免許証というカードを失うことが嫌なのではなく、ドライバーとしてのひとつの「役割」を失うことへの抵抗感が強いのではないか、とも思えてきます。
バス優待券とウェルビーイング
TRAPEは「well-being革命を起こす」というミッションを掲げていて、常に「この出来事はその方のウェルビーイングにどういう意味合いがあるか?」と考えます。
最近の高齢者ドライバーの事故の話題は、「事故が増えて危険」という観点のみでなく、その高齢者の方のウェルビーイングにとってどうなのか?という点において、我々にとって考えるべき重要なテーマなのです。
ちょうど2019年5月に、イングランドの”Journal of Transport & Health”という雑誌である調査の結果が発表されました。その内容は
バス優待券を持っている高齢者は、持っていない高齢者に比べて、
・身体的にアクティブであり、かつ、社会的孤独が少ない
・QOLや生活満足度が高く、うつ症状も少ない
つまり、よりウェルビーイングな状態にある、ということが言える
というものでした。
この調査は「無料でのバス移動とウェルビーイングの関係を確かめること」を目的としてユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)などにより行われました。
イングランドでは、年金受給開始年齢の62歳に達すると全員が無料バス券を利用できます。この調査では、イングランドの62歳以上(つまり無料バス券の権利がある方)の高齢者5,861名のデータを元にしているそうです。
この調査では厳密な「因果関係」を特定することはできなかったようですが、「バス優待券を持つこと」と「ウェルビーイングが増すこと」の関係は「双方向性がある」と述べられています。
たとえば、身体的にアクティブな方は当然バスをよく利用するが、逆に、バス優待券を持っていること自体もアクティブな活動を増やすことにつながっている、ということです。
この高齢者向けの無料バス優待券は既に10年以上提供されており、イングランドだけでも年間で約11.7億ポンド(約1,608億円)の費用がかかっています。財政への影響を懸念する層からは、ミーンズテストと呼ばれる「資力調査」を導入して対象者を低所得者に限定するよう求める声も上がっているそうです。
ビジョンへの取組を自ら検証する姿勢を学びたい
なぜミーンズテスト(資力調査)なるものをするのでしょうか。
これは、市民が社会保障制度による給付を申請した際に、申請者が要件を満たすかどうかを判断するために、その方の所得や財産保有の状況等を調査することをいいます。 日本では、生活保護制度において用いられることが多いですが、イギリスでは、自治体が行うソーシャルサービスの提供を受ける際もミーンズテストの結果によってサービスの自己負担額が変わってくるのです。
「ゆりかごから墓場まで」という言葉を生んだ社会福祉国家イギリスも、財政の悪化などの影響から、誇りとしてきた国民医療サービス(NHS)でさえも維持が困難となり、単独でのサービス提供モデルから、自治体によるソーシャルサービスと統合したモデルへと転換がなされています。そして、介護者支援について規定する介護法(The Care Act 2014)も定められました。
このように時代の変化に応じて今まで提供してきたものの形が変わっていく中で、自分たちの国は、現在の制度によって本来の目的・ビジョン(=市民の健康・ウェルビーイング)を追求できているのかを調べたところに、この調査の大きな意義があるのです。
研究リーダーであるサラ・ジャクソン氏(UCL疫学・保健専門)は、こう述べています。 どうでしょうか。
社会の安全のために「ドライブする」という役割を返納したとしても、「公共交通機関での移動」という新たな手段によって、その方のウェルビーイングは形を変えて維持・発展できる可能性がありそうです。
え? 身体能力が落ちていて、一人ではバスの乗り降りができない??
そういうときこそ、専門職の登場です。
ケアプランの目標に「以前通っていた隣町のスーパーまで、一人でバスに乗って行けるようになる」と書きましょう。
それぞれの専門家は、その目標に向けて運動・栄養・口腔機能の向上を支援しましょう。
その方がまた新たな意欲をもって、日常生活を送れるように、たくさん対話をし、背中を押すのです。
そのために「無料のバス優待券」という”ツール”を見出し、最大限活用する。
これが本来の「介護予防」であり、その方のウェルビーイングの追求なのです。
参考記事:https://www.dailymail.co.uk/news/article-6983003/Secret-happiness-free-bus-pass-60s.html